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給食と疎開「伝えないと、つなげないと。」

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2015.01.16

給食と疎開「伝えないと、つなげないと。」

塚本ユージ クリエイター

役所の打ち合わせの後、庁舎14Fのレストランへ行くと、
本日の「おいしい給食」というメニューが!
エビピラフシチュー、懐かしい><
区内を見渡せる景色いいレストランで懐かしの給食を食べた。
(足立区は給食がおいしいと有名☆)

運ばれてきた給食の香りをかいだ瞬間、
10才のじぶんと出会う。
あの頃の気持が心の奥の引き出しから
取り出され不思議な気分に。
でも給食が運ばれてくることがおかしくて、
なんだかおとなになっちゃったなぁなんて。
このお店は今月末からリニューアルされるとのことで、
それなら内装は教室っぽくして昼の放送を流し、おかわり自由、
教室の端には牛乳をこばした時用の雑巾をかけておいて欲しいな。

お腹よりも心が満腹になった後、
1F庁舎ホールでは「学童疎開資料展」というものがやっていました。
僕や父が通っていて、現在は僕の長男が通っている西新井小学校の当時の写真もあり、
惹きつけられ展示パネルを見ていると、祖父が昔、子どもの僕によく話してくれた事を、
本のページをめくるように思い出しました。

僕は3世代の家で育ち、じいちゃんっ子で週末はよくじいちゃんの家へ泊まりに行っていました。
といっても、厳密には1つの家の中で寝る部屋を変えているだけ。
寝る時はじいちゃんばぁちゃんに挟まれて真っ暗な中、昔話しや戦争の話を聞かせてくれて、
僕はそれが大好きで色々と質問していたのを覚えています。
今では話の内容はほとんど覚えていないけれど、
当時聞きながら頭の中に描いた想像の絵だけは今も、頭のギャラリーに展示してあります。

自分の国のことをあまり知らないな。と大人になって気づいてはいたけど、
国どころか自分の生まれ育った町でさえあまり知っていないのかもしれない。
たった70年前にこの場所も空襲を受け、
自分の子どもと同じくらいの子たちが長野へ疎開していたなんて、知らなかった。
親元から離れるだけでつらいのに、ひもじさ、いじめ、差別、シラミなどの
問題も多かったとのこと。
想像するだけで、ぞっとする。

それでも当時の人たちはたくましく生きて来たし、
それがあって今につながっている。
今、この時代にいる僕ができることは、
多くの事を知って、それを子どもたちへ伝えていく事なんじゃないかな。
ここで止めちゃえばつながらなくなってしまう。
じいちゃんたちが残してくれたたくさんの宝物や物語りを僕たちは次の世代に
メールや電話ではなくしっかりと手渡しでつなげていかなければならないのかもしれない。

学校の給食でじぶんの子ども時代と出会い、
展示会で祖父母と出会い、
そして家に帰れば自分の子どもたちと会う。
ずーっとずーっとつながってる。
この糸はおばけのように目には見えないし、
科学では証明できないし、する必要はないかもしれないけど、
誰もが知っている当たり前でとっても貴いことなんだ。

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